色んなアンサー

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大ヒット作「項羽と劉邦 Kings War」 第37・38・39話を斬る

※目次

 

義兄弟の誓い編・・・。

 

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第37話 鉅鹿の戦い

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※龍且(三国志では、孫堅役)
 

秦軍とは兵数で劣る中、項羽は決死の覚悟で川を渡り秦の蘇角軍を急襲しました。迎え撃つ蘇角も項羽の先陣を戦場で孤立させる為に後続部隊への攻撃を開始します。ただ、蘇角は兵数で楚軍より圧倒的に上回っていた事もあり項羽を侮っておりました。

 

趙の援軍要請に応じながらも戦をしようとしない臆病な魏豹(ギホウ)の魏軍や外で駐屯していた趙の陳余軍らは、数的不利な楚軍と知っては項羽が必ず負けるであろうと予測し、黙って静観を貫きその場を動こうとはしません。しかし、結果は敵将蘇角を殺害し、王離を捕縛して孤軍奮闘した楚軍の大勝利で鉅鹿の戦いは幕を閉じるのでした。その後、張耳(チョウジ)や陳余はおろか趙王ですら項羽に媚びへつらう有様です。

 

一方、張良を迎え着々と力を着けてきた劉邦軍は、南陽に続いて宛まで手中に収め秦の都・咸陽(カンヨウ)までの距離を縮めていきます。そんな劉邦をみて今まで秦の主力軍と戦って足止めを食らっていた項羽は、それが面白くありません。咸陽の婚儀で鉅鹿に到着するのが遅れた章邯は、蘇角や王離ら秦の将軍の不覚を知り激怒して項羽の強さを思い知る事となります。

 

第38話 胡亥、夭逝す

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※桓楚(三国志では、曹仁役)
 

章邯は、項羽との決戦に備え増兵が第一であるとして司馬欣に命じ咸陽への出兵要請を促します。しかし、咸陽では鉅鹿での大敗で宮中が混乱し、さらに趙高によって「責任は全て章邯にある」とされ、出兵要請どころではありません。それを知った司馬欣は、秦に絶望し「もはや秦国は終わりだ」と嘆いて章邯の元へと帰還するのでした。

 

また、鉅鹿での大敗は趙高でも隠し通せず、皇帝の胡亥の耳に届いてしまいます。すると、胡亥は皇帝に即位して初めて趙高に鉅鹿での大敗について叱責したのでした。自尊心を傷つけられた趙高は、以前から計画していた劉邦との友好を図る為にも胡亥の暗殺を急ぐのでした。

 

そして養子の閻楽に近衛兵を指揮させ、咸陽の宮中へと侵入させて胡亥を殺害してしまいます。また趙高は、胡亥の後を扶蘇の太子である子嬰(シエイ)に継がせようと考えました。その頃、趙高の目を欺く為に変人の振りをしていた子嬰は、身なりを整えかつての威厳を備えた子嬰に戻っていたのです。何かを胸の内に秘めて・・・。

 

第39話 降将章邯

 

一方、鉅鹿での大勝利を収め自軍の倍は超える秦軍の捕虜を抱える事となった項羽は、たちまち食糧難に陥ってしまい身動きが取れなくなってしまいます。また、目の前には章邯の本隊、さらに劉邦軍が咸陽の喉元に当たる武関にまで攻め寄せた事を知って項羽は焦ります。

 

そんな中、章邯と司馬欣の間で大きな1つの変化が起こります。それは、今後の進退についてでした。咸陽では罪人扱いされ国に帰る事が出来ず、かといって援軍が見込めない状況で項羽と戦っても勝ち目はないからです。既に秦に対して見切りを付けた司馬欣は、章邯に楚への投降を進めました。さらに趙の陳余までもが来訪して章邯に投降を呼び掛けます。しかし、忠誠心の厚い章邯は首を縦に振りません。

 

そこに「趙高が胡亥を殺害した」との報告を受け「この逆賊めが!」と怒り狂った章邯は、その後精根尽き果て楚への投降を決意したのです。項羽も当初は叔父・項梁を殺害した章邯を天敵であると見なしておりましたが、范増の説得により章邯の投降を許したのでした。ここに章邯と司馬欣及び秦の主力部隊20万人が楚に投降した事によって秦国の滅亡が決定着けられた瞬間になったのです。

 

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