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大ヒット作「項羽と劉邦 Kings War」 第49・50・51話を斬る

※目次

 

群雄達の策略編・・・。

 

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第49話 韓信大将軍

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※劉邦の父
 

蕭何(ショウカ)に抜擢され巴蜀という劣悪な地形の中、韓信は劉邦から課された難題である食料輸送を見事やってのける事に成功します。それは、劉邦の行軍ルートを先読みした輸送方法で任せた当人である蕭何ですら思いもつきませんでした。しかし、蕭何は韓信の仕事を褒め讃えただけに終わったので韓信はそれが面白くありません。

 

その後「おそらくここに居続けてもこれ以上出世は望めないだろう」と韓信は思い、逃亡兵を捕まえに行く事を口実にして劉邦の元から出奔します。やがて「韓信が戻ってこない!」と報告を受けた蕭何は、急いで韓信の後を追いかけたのでした。そして、韓信を捕まえ「この根性無しめ!」と叱責し、「大将軍以外、興味がありません」と韓信が答えるのに対して「私が王様(劉邦)を説得する。お前の力になろう」と約束して韓信を陣営に連れ戻したのでした。

 

こうして韓信は、蕭何の助けを得てついに漢の大将軍へと昇進を果たすのでした。しかし、劉邦の旗揚げ当初から付き従ってきた盧綰(ロワン)、樊噲(ハンカイ)、曹参らは納得いくはずがありません。皆で一斉に韓信へ「誰がお前なんかに従うか!」と罵詈雑言を浴びせます。

 

そこで韓信は、雄弁を用いて盧綰(ロワン)、樊噲(ハンカイ)、曹参らを黙らせ公私の別と軍律を徹底し、項羽を必ず倒す事を宣言したのでした。

 

第50話 再び関中へ

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※劉邦の愛人・曹氏
 

大将軍になった韓信は、早速その目を北の方角に向けました。最初の敵になるであろう章邯(ショウカン)ら三秦達です。そこで韓信は、北進する為に張良が焼き払った桟道の修復を開始しました。しかし、これはわざと章邯の目を桟道に集中させ、別動隊を率いて三秦の要所である陳倉を襲うための作戦だったのです。

 

さらに、司馬欣(シバキン)から「韓信は、股くぐりの臆病者だ」と聞かされていた章邯は、韓信を侮ってしまいます。その結果、陳倉は韓信が率いる別動隊の急襲を許してしまい、あっけなく落城してしまうのでした。章邯は、陳倉落城の報せを聞いて慌てふためき、自らは廃丘(ハイキュウ)に逃げ込み弟の章平を陳倉の背後に布陣させて共に掎角(キカク)の勢を取る形で防衛網を敷き、韓信からの攻撃に備えたのでした。

 

一方、楚の彭城で項羽の家臣となっていた韓王は、張良から「韓での独立を項羽から承諾頂くべきです」と進言されながらも自分の不甲斐なさで心を挫いてしまい、自殺してしまいます。その光景を目にした韓の宰相の子孫であり、また韓が自分の全てであった張良はその場で号泣し、深い悲しみに襲われてしまうのでした。

 

第51話 家族の絆

 

韓王が死んだ事によって張良が項羽に対して深い恨みを抱くであろうと考えた范増は、「今の内に張良を殺すべきだ!劉邦の元へ返してはならん!」と項羽に進言しますが、却下されます。それでも諦めない范増は、独断で張良の元へ人を遣わし殺そうとしますが取り逃がしてしまうのでした。

 

その頃、項羽に宣戦布告し章邯を廃丘に追い詰めた劉邦でしたが1つ気がかりがありました。それは、故郷に残してある実の父親と正妻・呂雉(リョチ)と息子・盈(エイ=後の2世皇帝)の存在でした。劉邦の故郷である沛は、項羽の本拠地である彭城と近くいつ人質に取られても可笑しくない状況だったのです。そこで劉邦は、呂雉らを巴蜀へと呼び寄せたのでした。しかし、沛から巴蜀までの距離は軽く1千里を越え、簡単な話ではありませんでした。

 

さらに、抜かりのない范増は劉邦の家族の元へ追っ手を差し向けたのでした。この時、劉邦とその家族に救いの手を差し伸べたのが後に劉邦の偉業を支える南陽の人格者・王陵でした。劉邦と同郷であった王陵は、元来から劉邦に懇意を抱いていたのです。王陵の母が項羽に人質に取られその結果、自害してしまいますがそれでも総力を上げて劉邦の家族を助けました。王陵が助けてくれたおかげで無事に巴蜀へと辿り着いた劉邦の父や呂雉らは、劉邦に「王陵殿は、真の王者である」と告げ、劉邦も実の母を失ってでも助けてくれた王陵に深く感謝し「王陵含めその子孫達も生涯に渡って栄華を約束する」と言い残したのでした。

 

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