色んなアンサー

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筆者であるnaoraouが色んな分野に挑戦し、私なりの答えを出していくブログです!

大ヒット作「項羽と劉邦 Kings War」 第52・53・54話を斬る

※目次

 

群雄達の策略編・・・。

 

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第52話 章邯、散る

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※戚夫人
 

家族を巴蜀へと迎え入れた劉邦に腹心の蕭何(ショウカ)は「今後、王様(劉邦)の身に何か不幸があった時の事も考えなければなりません。ここは太子をお決めになるべきです」と進言しますが「俺は、項羽から名ばかりの王位を与えられただけで世間からはまだ認められていない。太子を決める等、時期尚早である」と却下されるのでした。

 

また、大将軍・韓信の働きによって章邯の弟・章平を打ち取り、三秦の司馬欣(シバキン)と董翳(トウエイ)を降伏させ、廃丘(ハイキュウ)で籠城する三秦の最後の一人である章邯を追い詰めた劉邦は「名将として知られる章邯を打ち取って我が軍の武威を天下に知らしめるべきです」と進言する蕭何の言を取り下げ、章邯に投降を呼び掛けました。

 

しかし、忠義の厚い章邯は劉邦の呼び掛けには応じず、徹底抗戦の構えを取ります。そこで韓信は、城で固く守る章邯に対して正攻法で挑んでも苦戦する事は必至なので廃丘に水攻めを仕掛け、敵の戦意を挫く事に成功します。その後、韓信の水攻めによって追い詰められた章邯は、残されたわずかな兵達と共に城から出陣して一人残らず玉砕し、章邯も戦場にて華々しく散ったのでした。こうして秦の名将であった章邯を討ち滅ぼした韓信の名が天下に響き渡る事となります。

 

第53話 戚夫人の出産

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※蒯徹(三国志では、劉表役)
 

章邯を倒して関中を平定した劉邦は、巴蜀から食糧を調達して糧秣の確保に努め、さらに関中で兵を募る際に「漢軍の兵になれば家族全員の税金を免除する」といった布令を出して民心を掴み、来たる項羽との戦いに備えておりました。

 

しかし、内輪でも女同士の戦いが始まろうとしていたのです。それは、劉邦の正室・呂雉(リョチ)と側室・戚夫人との世継ぎ争いでした。また、戚夫人が男子・劉如意を出産した事により、事態は深刻化していきます。やがて戚夫人の付き人の画策によって惑わされた劉邦は、呂雉が戚夫人を虐めていると疑うようになり「そんなに戚夫人が憎いならここを今すぐ出ていけ!」と呂雉を突き放すのでした。それに対して呂雉は、息子の盈(エイ)を連れて故郷に帰ろうとしますが、昔から馴染みのある盧綰(ロワン)や樊噲(ハンカイ)らに慰められ、一旦思い止まったのでした。

 

一方、章邯討伐の褒賞を韓信に与えようとした劉邦でしたが、韓信から「此度の戦功第一は、樊噲殿です。彼に褒賞をお与え下さい」と言われ、何処か腑に落ちない劉邦でしたが、韓信の進言通り樊噲に侯の位と村一つ与えたのでした。そして、その場を後にした韓信の元へ一人の老人が「貴公の軍師になりたい」と韓信を訪ねてきたのです。その老人の名は、蒯徹(カイテツ)。

 

蒯徹は、さらに「漢王(劉邦)の身内に対して褒賞を進めるべきではない。そんな事をしたら樊噲は、漢王と貴公のどちらに感謝すると思う?そなたは戦の天才ではあるが、世を渡る処世術には疎いと見える。だから、そなたの足りない部分はこのわしが補ってやろう」と言いました。これを聞いた韓信は、変に納得させられた気分となりそのまま蒯徹を自分の軍師としたのです。ここに韓信と蒯徹の奇妙な関係が始まるのでした。

 

第54話 義帝暗殺

 

その頃、楚では義帝(懐王)が項羽に殺されてしまうといった大事件が起きてしまいます。都の彭城から追放され用済みとなった義帝は、その道中で項羽から命を受けた将軍の鐘離眜(ショウリバツ)によって絞殺されてしまうのでした。また、項羽の論功行賞に不満を抱く斉王・田栄が楚に反旗を翻したので項羽は、劉邦と田栄の対処に追われてしまうのでした。

 

「義帝が暗殺されました」と楚から帰ってきた張良に申告された劉邦は、逆賊討伐の大義名分を生かして項羽討伐の檄文を中国全土に飛ばしました。すると、この檄文に呼応したのが趙の張耳とこの時未だ項羽の家来であった後の劉邦の大業を支える謀略家・陳平です。しかし、優柔不断な魏王の魏豹は、項羽と劉邦のどちらに付くべきかを悩んでおりました。

 

そんな時、劉邦の元へ絶好のチャンス到来とも言える朗報が届きます。「劉邦を先に叩くべし」と進言する范増に従わず、項羽は「劉邦など恐れるに足りない」と言って斉の田栄討伐へと向かい、本拠地である彭城を留守にしたのです。そして、この報せを聞いた魏豹もついに劉邦に味方する事を決断しました。

 

「時は、来たり!」。劉邦は、ついに各諸侯を集めて項羽の本拠地である彭城へと進軍開始したのでした。さらに、破竹の勢いで斉王の田栄を討ち取った項羽でしたが、主を殺され項羽を不倶戴天の敵と見なす斉の元宰相であった田横ら率いる決死のゲリラ部隊に足止めを喰らってしまいます。こうして楚漢戦争の幕が開けるのでした。

 

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