色んなアンサー

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筆者であるnaoraouが色んな分野に挑戦し、私なりの答えを出していくブログです!

ドラゴンクエストウォーク( ゚Д゚)カンダタについて

※目次

 

ドラゴンクエスト3イベントの強敵第一弾として新たに出現した伝説の大盗賊・カンダタ

 

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私の記憶が正しければ確か・・・きんのかんむりの時と船を手に入れる前の2回に渡って激闘を繰り広げたはず。また、主人公の父親であるオルテガがカンダタと同じ見た目であった事も衝撃的で記憶に残っております。その時は、オルテガって勇者なんじゃないの⁉カンダタと同じ見た目はないでしょ⁉ってなりました(笑)

 

そんな思い出にひたりながらもドラクエウォークで実装されたカンダタについて簡単にまとめてみましたので御覧下さい<(_ _)>

 

レベル30のカンダタ戦

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カンダタの「痛恨」「オノむそう」が強烈なのですが、それ以上にお供で現れるカンダタ子分のバフデバフの方がきついと思います。

 

なぜなら、カンダタに「バイキルト」を使って攻撃力を上げ、こちらには「ルカナン」を使って守備力を下げてくるからです。

 

なので、持っていればの話になりますがりゅうおうのこころにある「マホトーン」を開幕に使ってやると戦闘が非常に楽になります。後は、マホトーンが切れる度に更新する事を忘れずに。※マホトーンがかからない時もありますが。

 

討伐報酬

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毎度の事ながらレベル30まで倒すと称号(カンダタファミリー)が貰えます。別に称号が欲しくない方は、無視でも良いと思われます。

 

ただ、累計討伐P報酬にある「にげにげリング」に関しては、素早さが20も上がるといった優れものになるので入手した方が良いアクセサリーです。

 

カンダタのこころ

 

大盗賊なので色はもちろん青色盗賊やレンジャー向けのこころとなっております。

 

気になる性能はというと・・・。

 

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ちから・すばやさ・きようさがかなり高く、物理アタッカーの火力の底上げが期待出来ます。ただ、特殊効果がちょっと微妙で「体技のみ+3%」「ドルマ属性特技ダメージが+5%」と低めです。

 

まるで以前にあったあくま軍団(ずしおうまるやくものきょじん)を思い起こしてしまいそうな内容で特にくものきょじんとステータスが似ている事からその上位こころと言っても良いと思います。

 

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今では、ずしおうまるがエビルホークにポジションを奪われ、今度はくものきょじんがカンダタにポジションを奪われてしまうという・・・(-_-;)あくま軍団のイベントがわりと最近の話であっただけに彼らは一体何だったのでしょう⁉全然使う時がなかったような・・・。ただ、疑問だけが残ってしまいます(-_-;)

 

今回は、以上となります。

 

最後まで御覧頂き、とても感謝しております<(_ _)>

 

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※ドラクエウォークの前記事

 

三国志14 三顧の礼 劉備上級編 パート5

※目次

 

盧江を手中に治め、盟友・孫権と共に曹操の猛攻撃を食い止めた劉備は、江東と荊州の地を安んずる事に成功。

 

そして、西蜀(益州)の地もほとんど制圧し、残すは梓潼と漢中のみ。

 

国力も兵力も十分。

 

ここにきてようやく劉備が曹操への反撃の狼煙を上げる事となる⁉

 

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それでは、引き続きパート5をお楽しみ下さい<(_ _)>

 

西蜀制覇

 

宿敵・曹操と江東や荊州の地で激戦を広げていた間に張遼を総大将とする西蜀戦線は、順調に戦果を上げておりました。まず最初に西蜀への玄関口となる永安を攻め落とし、続いて江州→建寧→雲南と攻め込んで西蜀の主である劉璋を追いつめていきます。

 

そして、劉璋の本拠地である成都をも攻略。劉璋が治める国は、もはや梓潼のみとなりました。念願の西蜀制覇まで後一歩。また、龐徳や馬岱といった猛将達も新たに仲間に加わった事により、陣容がさらに強化されました。

 

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そこで早速、龐徳と馬岱を起用し戦線を仕切る張遼部隊と連携させ、梓潼へと攻め込み劉璋勢力を滅ぼしたのでした。

 

荊州軍の北伐

 

日の出の勢いとなった劉備軍は、もはや誰にも止められません。西蜀制覇を成したのを境に猛然と曹操へ反撃の狼煙を上げます。

 

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手始めに曹操から奪われた新野を取り返す事に成功します。そして、奪い返した新野からは趙雲軍、襄陽からは劉備軍が出陣し西にある上庸の地へと攻め込んだのでした。

 

結果は、劉備軍の圧勝に終わり、曹操軍の要衝である漢中に対して南は梓潼、東は上庸とで掎角の勢を取り曹操に圧力をかけます。漢中が劉備の手に落ちるのも時間の問題となりました。

 

漢中へ侵攻

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西暦217年8月、ゲームを開始してから10年目・・・。

 

梓潼から出陣した李厳を総大将とする雁行&井闌部隊は、漢中の南の要所である白水関へ進軍し、上庸から出陣した劉備を総大将とする陸戦部隊は、東から直接漢中の地へと進軍を開始します。

 

対する漢中の守備兵は、約2万7千

 

さすがに危機感を募らせた曹操でしたが、漢中の北にある長安や天水からでは兵站が厳しく送った援軍や物資も間に合いません。その後、激戦を終えた漢中は、我々劉備の手に落ちたのでした。

  

漢中王即位

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ついに漢中を手中にした劉備は、晴れて西蜀と荊州を治める正式な主となって曹操と匹敵する力を持つに至りました。また、これを機に「漢中王」に即位して悲願である曹操打倒と漢室忠興の道も現実味を帯びてきます。史実にもある言わば劉備の全盛期に直面した感じですね。いや、内容を見るからにそれ以上かも(-_-;)

 

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漢中王イベントの条件としては、主に後漢皇帝が自勢力にいない、益州(漢中・梓潼・成都・江州・永安)を治めている事なのでそこまで難しくはありません。

 

続いて、現段階での劉備と曹操の総合力を見てみます。

 

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※劉備軍

 

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※曹操軍
 

兵糧・兵力・武将数では、曹操を凌ぐ程の勢力に( ゚Д゚)

 

盟友・孫権は、どうなのか⁉

 

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建業の北にある広陵の地を曹操から奪い取り、ほぼ連日かのように激戦を繰り広げております。放っておいても大丈夫そうですね。

 

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肝心の曹操自身はというと・・・何故か河北の南皮で蔡和と遊んでいるし。※振り返ってみるとゲームを始めてから曹操と一度も戦った事が無いかも(-_-;)この曹操がめちゃくちゃ強いんですよね、実は。

 

・・・主がこの有様では、漢室忠興が叶いますね(笑)もはや、楽勝です‼

 

ということでこの先は、長い長い作業の連続なのもあって誠に勝手で申し訳ないのですが、このへんで記事を締めくくらせて頂きたいと思います(-_-;)今までありがとうございました<(_ _)>

 

最後に

 

漢中王になったと同時になんですが、条件がすでに満たされていたというのもあって劉備が蜀漢を建国し、皇帝になっちゃいました(笑)

 

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通常通りに皇帝を目指そうとすると簡単ではない(条件として支配都市と州がかなり多い)のですが、劉備が蜀漢を建国するのは割と簡単でした。シナリオ・三顧の礼を開始してからしばらくすると曹操が勝手に皇位を簒奪しますし、益州(漢中・梓潼・成都・江州・永安)を支配下に治めておけば良いだけですので。

 

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鄧艾君強いですね・・・。

 

彼は、西暦217年の1月に新野を捜索すると出現してくれます。貴重な「衝車」持ちでもあるので必ず登用しましょう‼

 

今回は、以上となります。

 

最後まで御覧頂き、とても感謝しております<(_ _)>

 

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※三国志の前記事

 

三国志14 三顧の礼 劉備上級編 パート4

※目次

 

パートの記事では、ついに劉備が念願の西蜀制覇へと突き進んだところで締めくくりました。

 

宿敵・曹操の猛攻を凌ぎながらも着々とその勢力を広げていく劉備。

 

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しかし、ここにきて今まで耐え凌いできた新野がとうとう曹操の手によって奪われてしまうのでした。一体、劉備の身に何が⁉

 

それでは、引き続きパート4をお楽しみ下さい( ゚Д゚)

 

新野を手放さなかった理由

 

前回のパート3で新野を手放さなかった理由の1つとして「君主の爵位を得るためである」と伝えましたが、実はもう一つあるんです。しかも、こっちの方がより重要であるかも。

 

そのもう1つの理由とは、盟友の孫権が非常に弱い(AIの質が低い)という事です。その弱さときたら、そのまま何もせずに放っておくとあっさりと曹操の手によって滅ぼされてしまうほどです。孫権が滅んでしまうとここから先は実際試したわけではないのですが、孫権の領土である盧江や柴桑などが曹操の手に渡ってしまう事となり、今まで曹操と隣接していた国が新野だけであったモノが荊州のほぼ全土が曹操と隣接してしまう事となるのです。

 

そうなると劉備の国力と武将の数ですべてに注力する事は、ほぼ不可能となります。仮に孫権を滅ぼして優秀な武将達を奪ってしまえば良いといった考え方もありますが、曹操の攻撃を防ぐだけでも手一杯なのに孫権まで手を回している余裕がまず無いです。

 

そこで私が取った行動とは⁉

 

孫権に援軍を送る

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このゲームは、同盟国に「攻撃要請」が出来ても「援軍要請」は出来ません。逆も同じです。したがって同盟国が第3国から攻められているとそのまま黙って傍観してるか第3国が同盟国から奪った領地にこちらが攻め込むかが主流となってきます。そこで私は最悪のケース(ほぼ荊州全土が曹操と隣接)を避けるため、江夏の東にある孫権の領土の1つ・盧江へ援軍を送り続けました。

 

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当初は、こちらが援軍に派遣した黄忠軍と孫権配下の陸遜軍が共闘して曹操軍の進撃を防いでいたのですが、ここはさすがの曹操・・・。圧倒的な国力を活かしてジリジリと我々を追いつめてきます。挙句の果てには、盧江の兵糧不足。これぞ痛恨の極み‼

 

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建業にたくさんある兵糧を何故盧江に輸送しないんだ⁉盧江が度重なる曹操からの攻撃を受けて陥落寸前なのに何故建業からは援軍が送られてこないんだ⁉

 

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これが孫権が弱いと言われる現状(ちなみに、他の君主でも同じ)です。

 

盧江陥落

 

そんな事もあってついに盧江が陥落しました。送り続けた援軍も虚しく・・・。

 

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しかし、曹操は攻撃の手を緩めません。その勢いで盧江のさらに南方に位置する孫権領の柴桑へと攻め込んだのです。まさしく予想した通りの内容でした。そこで私は、最悪のケースを免れるためにも思い切ってある決断をしました。

 

それは、盧江を曹操から奪取して柴桑を孤立させてしまおうと。盧江は、孫権の手で守るよりかは私が守った方が良いと。孫権は、建業でひたすら北から押し寄せてくる曹操軍を防ぎ続けてろと・・・。

 

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守る国が1つだけとなれば孫権も守り易いのではないかと思ったので。こうして、しばらくは江東の地が落ち着く事に。ただ・・・

 

新野陥落

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もう、無理でした(-_-;)

 

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曹操の第一波・第二波までは、新野・襄陽・江陵・江夏の総力で防ぐ事は可能でした。しかし、曹操の攻撃は止みません。次から次へと向かってきます。特に曹操の背後を脅かしていた北の馬騰と公孫康が滅ぼされてしまうと曹操の全兵力のほとんどが南に集結してくるので要注意です。

 

新野を捨てた私は、襄陽と江夏と盧江で曹操の襲撃に備える事としました。襄陽は新野との国境にある河を利用して劉備や李厳、蜀からの投降者である呉懿らによる雁行部隊で応戦、江夏は関羽・張飛・趙雲らによる陸戦最強部隊で新野との陸路で応戦、盧江は黄忠・魏延といったベテランと関興や張苞らといった若手と組ませ、北(寿春)からの攻撃に備えさせる事に。

 

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これが見事に的中し、曹操軍を全く寄せ付けません。完全なる防衛網が出来上がった瞬間でした。

 

最後に言い訳になってしまうかもですが、ゲームを開始してから何度も曹操軍の進撃を防ぎ続けていた私は、曹操から降ってきた莫大な数の負傷兵を擁しておりました。すなわち、いつでも北上して曹操領(宛や許昌など)に攻め入る事が可能だったのです。

 

何故そうしなかったかというと史実(荊州と西蜀に手を伸ばす)に拘りたかったからです。それと曹操から捕縛した武将は、登用以外すべて捕虜(やがて脱走か返還)にしておりました。すぐに殺してしまうとゲームが面白くなくなってしまう恐れがあったからです。もし、曹操軍の攻撃が辛いと感じた時は、捕らえた武将を迷わず斬っていくと楽になりますよ。

 

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今回は、以上となります。

 

最後まで御覧頂き、とても感謝しております<(_ _)>

 

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※三国志の前記事

 

 

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※三国志の後記事