※目次
盧江を手中に治め、盟友・孫権と共に曹操の猛攻撃を食い止めた劉備は、江東と荊州の地を安んずる事に成功。
そして、西蜀(益州)の地もほとんど制圧し、残すは梓潼と漢中のみ。
国力も兵力も十分。
ここにきてようやく劉備が曹操への反撃の狼煙を上げる事となる⁉
それでは、引き続きパート5をお楽しみ下さい<(_ _)>
西蜀制覇
宿敵・曹操と江東や荊州の地で激戦を広げていた間に張遼を総大将とする西蜀戦線は、順調に戦果を上げておりました。まず最初に西蜀への玄関口となる永安を攻め落とし、続いて江州→建寧→雲南と攻め込んで西蜀の主である劉璋を追いつめていきます。
そして、劉璋の本拠地である成都をも攻略。劉璋が治める国は、もはや梓潼のみとなりました。念願の西蜀制覇まで後一歩。また、龐徳や馬岱といった猛将達も新たに仲間に加わった事により、陣容がさらに強化されました。
そこで早速、龐徳と馬岱を起用し戦線を仕切る張遼部隊と連携させ、梓潼へと攻め込み劉璋勢力を滅ぼしたのでした。
荊州軍の北伐
日の出の勢いとなった劉備軍は、もはや誰にも止められません。西蜀制覇を成したのを境に猛然と曹操へ反撃の狼煙を上げます。
手始めに曹操から奪われた新野を取り返す事に成功します。そして、奪い返した新野からは趙雲軍、襄陽からは劉備軍が出陣し西にある上庸の地へと攻め込んだのでした。
結果は、劉備軍の圧勝に終わり、曹操軍の要衝である漢中に対して南は梓潼、東は上庸とで掎角の勢を取り曹操に圧力をかけます。漢中が劉備の手に落ちるのも時間の問題となりました。
漢中へ侵攻
西暦217年8月、ゲームを開始してから10年目・・・。
梓潼から出陣した李厳を総大将とする雁行&井闌部隊は、漢中の南の要所である白水関へ進軍し、上庸から出陣した劉備を総大将とする陸戦部隊は、東から直接漢中の地へと進軍を開始します。
対する漢中の守備兵は、約2万7千。
さすがに危機感を募らせた曹操でしたが、漢中の北にある長安や天水からでは兵站が厳しく送った援軍や物資も間に合いません。その後、激戦を終えた漢中は、我々劉備の手に落ちたのでした。
漢中王即位
ついに漢中を手中にした劉備は、晴れて西蜀と荊州を治める正式な主となって曹操と匹敵する力を持つに至りました。また、これを機に「漢中王」に即位して悲願である曹操打倒と漢室忠興の道も現実味を帯びてきます。史実にもある言わば劉備の全盛期に直面した感じですね。いや、内容を見るからにそれ以上かも(-_-;)
漢中王イベントの条件としては、主に後漢皇帝が自勢力にいない、益州(漢中・梓潼・成都・江州・永安)を治めている事なのでそこまで難しくはありません。
続いて、現段階での劉備と曹操の総合力を見てみます。
※劉備軍
※曹操軍
兵糧・兵力・武将数では、曹操を凌ぐ程の勢力に( ゚Д゚)
盟友・孫権は、どうなのか⁉
建業の北にある広陵の地を曹操から奪い取り、ほぼ連日かのように激戦を繰り広げております。放っておいても大丈夫そうですね。
肝心の曹操自身はというと・・・何故か河北の南皮で蔡和と遊んでいるし。※振り返ってみるとゲームを始めてから曹操と一度も戦った事が無いかも(-_-;)この曹操がめちゃくちゃ強いんですよね、実は。
・・・主がこの有様では、漢室忠興が叶いますね(笑)もはや、楽勝です‼
ということでこの先は、長い長い作業の連続なのもあって誠に勝手で申し訳ないのですが、このへんで記事を締めくくらせて頂きたいと思います(-_-;)今までありがとうございました<(_ _)>
最後に
漢中王になったと同時になんですが、条件がすでに満たされていたというのもあって劉備が蜀漢を建国し、皇帝になっちゃいました(笑)
通常通りに皇帝を目指そうとすると簡単ではない(条件として支配都市と州がかなり多い)のですが、劉備が蜀漢を建国するのは割と簡単でした。シナリオ・三顧の礼を開始してからしばらくすると曹操が勝手に皇位を簒奪しますし、益州(漢中・梓潼・成都・江州・永安)を支配下に治めておけば良いだけですので。
鄧艾君強いですね・・・。
彼は、西暦217年の1月に新野を捜索すると出現してくれます。貴重な「衝車」持ちでもあるので必ず登用しましょう‼
今回は、以上となります。
最後まで御覧頂き、とても感謝しております<(_ _)>
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